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神戸地方裁判所 昭和40年(わ)1193号 判決

無職 千阪弥寿夫

会社員 高馬睦男

会社役員 浜田利夫

宅地建物取引業 浅野正二

公認会計士 植田卯吉

主文

被告人千阪弥寿夫を懲役一年六月及び罰金一五万円に、同高馬睦男を懲役一年二月及び罰金一五万円に、同浜田利夫を懲役一年及び罰金一〇万円に、同浅野正二を懲役一〇月に、同植田卯吉を罰金一五万円にそれぞれ処する。

被告人らが右各罰金を完納することができない場合は金五、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人千阪弥寿夫、同高馬睦男、同浜田利夫及び同浅野正二について、いずれもその裁判が確定した日から一年間、右各懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、別紙「訴訟費用負担表」のとおり被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人千阪弥寿夫、同高馬睦男は、いずれも山陽特殊製鋼株式会社(姫路市飾磨区中島字一文字三、〇〇七番地所在)の取締役であり、被告人浜田利夫は、昭和三六年一二月同会社経理部長となり、次いで昭和三八年五月三〇日から同三九年五月三〇日まで同会社の取締役であり、被告人浅野正二は、昭和三七年一一月三〇日から同三九年一一月三〇日まで、同会社の監査役であり、被告人植田卯吉は、公認会計士であって証券取引法にもとづき同会社の貸借対照表、損益計算書等財務に関する書類の監査証明に従事していたものであるが、

第一、被告人らは、同会社の昭和三七年四月一日以降同三九年九月三〇日までの間の各決算期(第四九期ないし第五三期)の営業成績がいずれも欠損であって、株主に対する利益配当はできないのに、同会社の株価を維持し、或いはその増資ならびに金融機関よりの資金の借入れを円滑にするため、株主に対する利益配当を継続しようと企て(但し被告人浜田につき第五三期、同浅野につき第四九期を除く)、同会社代表取締役社長荻野一、取締役青木健二と共謀のうえ、別紙一覧表第一記載のとおり、各期、被告人高馬、同浜田及び右青木において、かねて係員金谷芳郎、家守常浩等に命じて売上の水増し、売上原価、一般管理費及び販売費等の費用を実額以下に減額して計上する等の方法により所謂粉飾決算をした貸借対照表、損益計算書ならびにこれらに基づく利益金処分案を作成させたうえ、被告人千阪、同高馬、同浜田(浜田につき第四九期、第五〇期を除く)において、右荻野、青木とともに、決算取締役会においてこれらを右各期の定時株主総会に提出することを協議決定し、右荻野において、同総会に右各期利益があったように決算報告をするとともに、株主に対し年一割ないし一割二分の率で利益配当を行なう旨の利益処分案の承諾を求め、被告人浅野において(第四九期につき情を知らない山本佐代治において)、その際、監査役として、右決算報告及び利益金処分案が適正妥当である旨の意見報告をし、よって株主総会をしてこれらを承認可決させ、その頃株主に対し合計一四億八、五九七万九、一四五円の違法な利益配当をし、

第二、被告人らは、同会社の前記各決算期の営業成績がいずれも欠損であるのに、役員に対する賞与を支給しようと企て(但し被告人浜田につき第五三期、同浅野につき第四九期を除く)、前記荻野一、青木健二と共謀のうえ、取締役は会社が期末決算の結果利益が生じていない場合は役員に対し賞与を支給してはならず、かつ支給の可否を決する株主総会には真実の貸借対照表、損益計算書とこれに基づく利益金処分案を提出すべき任務があり、監査役は株主総会に提出すべき右書類を十分調査し株主総会において適正な意見を報告すべき任務があるのに、いずれも自己又は他の役員の利益を図り、その任務に背き、右会社で、被告人高馬、同浜田及び右青木において、同表記載の如く毎期欠損の事実を秘匿して利益操作を加え、恰も毎期利益をあげたようにいわゆる粉飾決算をした虚偽の貸借対照表、損益計算書及びこれに基づく役員賞与を含む利益金処分案を作成したうえ、被告人千阪、同高馬、同浜田(浜田につき第四九期、第五〇期を除く)において、右荻野、青木とともに、決算取締役会において、これらを右各期の定時株主総会にこれらを提出することを協議決定し、右荻野において同総会に提出し、被告人浅野において(第四九期については情を知らない山本佐代治において)、その際、監査役として、右決算報告及び利益金処分案が適正妥当である旨虚偽の意見報告をし、よって株主総会をしてこれらを承認可決させたうえ、同表記載のとおり、右荻野において毎期賞与支給日に、同会社において、利益金処分の形式で同人等各役員に対し合計金七〇〇万円宛(右五期分の合計三、五〇〇万円)の賞与を支給し、もって同会社に対し同額の損害を加え、

第三、同会社は昭和三七年六月一日を払込期日とする新株発行につき、証券取引法による大蔵大臣に対する届出をし、爾後大蔵大臣に対し同法所定の有価証券報告書を提出すべき義務があり、また昭和三八年七月一〇日取締役会において、同年一二月一六日を払込期日とする新株発行(発行株式数四、九二〇万株、金額二四億六、〇〇〇万円)を決定したので、大蔵大臣に対し同法所定の有価証券届出書或いは同訂正届出書を提出すべき義務があるところ、被告人千阪、同高馬、同浜田及び同植田は、右有価証券報告書、同届出書及び同訂正届出書に、前記第一及び第二の粉飾決算内容と同旨の虚偽の記載をして提出しようと企て、右荻野一、青木健二と共謀のうえ、

(一)別紙一覧表第三記載のとおり(但し被告人浜田につき同表(4)及び(5)の事実を除く)、前後五回(被告人浜田については三回)にわたり、有価証券報告書中の経理の状況に関し、同表「虚偽科目」欄記載の各科目について同表「真実の金額欄」記載の金額どおり記載すべきであるのに、同表「虚偽の金額欄」記載の金額を記載した内容虚偽の各有価証券報告書を東京都千代田区霞ケ関三丁目二番地大蔵省に郵送して大蔵大臣にそれぞれ提出し、

(二)別紙一覧表第四記載のとおり、二回にわたり、同会社の第四九期、第五〇期有価証券届出書及び第五一期同訂正届出書中の経理の状況に関し、同表「虚偽科目」欄記載の各科目について同表「真実の金額」欄記載のとおり記載すべきであるのに、同表「虚偽金額」欄記載の金額を記載した内容虚偽の有価証券届出書、同訂正届出書を家守常浩をして大蔵省に持参させて大蔵大臣に提出し、

第四、被告人千阪は、右会社の増資ないしは一般金融機関よりの資金借入を円滑ならしめるため、いわゆる買いささえにより自社株式の市場価額を維持させようと企て、右荻野と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、別紙一覧表第五記載のとおり、昭和三六年一月四日ころから昭和四〇年二月六日ころまでの間、前後八回にわたり、右会社において、いずれも架空人山原鋼造に対する貸付金名下に右会社から資金を支出し、大阪市東区今橋三の五、山一証券株式会社大阪支店又は東京都中央区日本橋兜町二丁目二七番地の二、三興証券株式会社に自社株式の買付注文をなし、合計五一九万七、〇〇〇株(代金合計三億三、七三四万九、一五〇円)の自社株を買付け、もって会社の計算において自己の株式を不正に取得したものである。

(証拠)〈省略〉

(判示事実認定経過等について)

一、判示第一、第二、第三(一)(二)の架空利益計上額の認定経過を説明するに、前掲各関係証拠を総合すると、付表(1)「粉飾金額計算書」記載の計数が認められる。そして、同計算書の「差引計」欄が判示引用一覧表第一、第二の「架空利益計上額」に一致し、また各科目別の粉飾額合計欄(但し資産又は負債科目で五〇期以降のものは累計額)を、一覧表第三の「虚偽の報告金額」(当該報告書の金額、符一九)から減算(△印は逆に加算)した計数が、同表「真実の金額」に一致するものである。

右粉飾金額計算書の計数のうち、月次粉飾、期末粉飾及び科目振替粉飾については、前掲各証言に物証を対照すれば容易に計算できるが、仮売り粉飾については、計算経過が複雑であり、本件争点の一つでもあるので、証拠物から出発して、右粉飾金額計算書中「仮売り粉飾」金額が認定されるに至った経過を、付表(2)として図示する。なお、宮崎一信鑑定の関係で一言すれば、原則として同鑑定の趣旨によって仮売り粉飾額を認定したが、ただ同人の証言にもあるように、仮売りの残高相当額の実在在庫としての評価計算において、その在庫に付すべき単価は、期首在庫金額に期中製造費用を加えたものを、期首在庫数量と期中製造数量の和で除した金額とすべきところ(移動平均原価法)、右在庫数量なり金額は公表在庫だけでなく、仮売り操作による簿外在庫をも加えなければならないと解するのを正当とし、右の点につき公表在庫のみにより算定した宮崎一信作成の鑑定書(その結論は付属第一分冊中、鑑定資料第二の九に表示されている)は部分的な修正を必要とされるのである。付表(3)と、これを付表(2)に導入しての「各期製品在庫簿外金額純増加額計算書」は右修正作業を示すものである。

二、被告人千阪は、粉飾の事実を知らず、従って違法配当、違法賞与の認識はなかったと主張する。しかし被告人千阪は、成程、経理事務等を担当していた経歴はないが、社長に次ぐ地位の取締役であって、その勤務年数に徴しても、会社業績の大局的把握は可能であったと考えられ、同被告人が検察官調書で供述している如き、四半期毎の販売会議での担当者の報告を聴取して大づかみの損益を把握していたとの点は何ら不自然ではなく、かつ同社にかかる法人税申告は、粉飾額を修正した実際額(欠損)によって申告し、従って法人税は納めていなかった実情であり、右申告の際の社内りん議書には毎期同被告人も認印していたことが認められ、そうすると、利益がでておらず、配当する必要上粉飾決算が行われていると考えていた旨を自白する右検察官調書には信用性がある。なお被告人浅野については、利益粉飾の事実は判っていたが、赤字であることの認識はなかったと主張し、同人の検察官に対する供述調書にも同旨の供述があるが、そのとおりとしても、利益配当や役員賞与を支払うべき利益のないことの認識があったことは間違いないわけで、本件犯意がなかったことにはならない。

三、さらに、被告人千阪は判示第四の事実につき、自分のしたことは安定株主のはめ込みであり、その依頼を受けて買付けたものであって、自社株取得とはならないと弁解する。前掲証拠によると、荻野一社長は、山陽特殊製鋼株式会社の経営に関し、同社株式の株価安定の必要性を感じ、被告人千阪に対し、その職務管掌事項として自社株買付による株価安定方を命じた、被告人千阪としては、殊に、新株割当に関連し、払込資金調達のための旧株売却傾向による株価の低落、このことから失権株の増加等増資を困難にする事態を未然に防止するため、少くとも増資直前には買い支えをする必要を示唆されたものと解し、山一証券或いは三興証券に対し、主として「山原鋼造」という架空名義を用い、しかも貸付金名義で支出された金員をもって判示の如く自社株の買付をしてきた、もっとも、増資直前のみの買付では、不自然に見られるとの思惑から、その後においても適当量の買付をしてきたことが認められ、買付額の推移を、同社の増資時期(昭和三七年六月一日払込期日の約一八億円増資、昭和三八年一二月一六日払込期日の二四億六、〇〇〇万円の増資)と関連して考察すると、右の点を自白する同被告人の検察官調書の信用性は十分である。さらに株主配当の関係では、毎期、株主山原鋼造名義で、例えば、多くは四九期で一四三万円余、少くては五三期で一万八千余円の如く毎期幾何かの配当金が配当金原簿に記載され、翌期において、株式のあてはめ先へ支払われずに同社の雑収入として利益に戻し入れられている点(前掲古賀証言)に徴すると、もともと予定された株主の依頼によって、その指値で買付けた旨の同被告人の弁解は、真実性に大きな疑いがあるというべきである(証人藤田寛治の当公判廷における供述によると、昭和三九年七月ころ、被告人千阪から同社株式のかなりの買付注文があったので、同被告人に質したところ、リストを持参され、これらの人にはめ込むから絶対間違いないと言われたとあるが、右日時が効かないとすれば該当買付注文の事実はなく、前年(昭和三八年)の誤りとすれば、まさに増資を決定した頃でぼつぼつ旧株処分による値崩れの対策を考えなければならない時期であり、また一〇月ころの誤りとすれば、株価が額面を割り、低落の一途をたどったころで株価安定のためには買い支えにつとめていたであろう頃とみられるのであって、いずれにしても同証言は前記認定の妨げとはならない)

(法令の適用)

一、構成要件及び刑種選択

判示第一の各事実につき

刑法六〇条、商法四八九条一項三号、二九〇条一項、被告人浜田に対する別紙一覧表第一の1、2につき刑法六五条一項、各懲役刑選択

判示第二の各事実につき

刑法六〇条、商法四八六条一項、被告人浜田に対する別紙一覧表第二の1、2につき刑法六五条一項、各懲役刑選択

判示第三の(一)及び(二)の各事実につき

刑法六〇条

うち第三の(一)の各事実につき証券取引法(昭和四六年法律四号附則一一項により、同法による改正前のもの、以下同じ)二〇五条二号の二、二四条一項

うち第三の(二)の各事実につき同法二〇〇条一号、届出書につき同法五条一項、訂正届出書につき同法七条、各罰金刑選択

判示第四の各事実につき

刑法六〇条、商法四八九条二号、各懲役刑選択

二、併合罪加重

刑法四五条前段、被告人千阪、同高馬同浜田につき、同法四七条本文、一〇条、四八条二項、一項、被告人浅野につき、同法四七条本文、一〇条、被告人植田につき、同法四八条二項

三、換刑処分につき

刑法一八条

四、懲役刑の執行猶予につき

刑法二五条一項

五、訴訟費用の負担につき

刑訴法一八一条一項本文、一八二条(同法一八二条の適用については別紙訴訟費用負担表の番号5を除く)

(公訴権濫用の主張について)

所論にかんがみ、記録を検討するに、本件公訴事実中、「仮売り」すなわち、在庫製品を売上とすることによる未実現売上益金の不当計上の方法による架空利益計上の金額は、第一回公判期日における検察官の冒頭陳述において明らかにされたものの、証拠、殊に売上伝票その他会社の帳簿伝票額との関係、例えば、どの伝票を集計した金額が幾何になり、これを如何様に修正したものが右仮売による架空利益額に合致するかの計算過程を明らかにするよう、弁護人或いは裁判所からの再三の釈明要求にかかわらず、結局、明確になされないまま、何回かに亘る訴因の変更という形で応答され、右冒頭陳述にあった当初の数字そのものは消え去ってしまったという訴訟経過が認められる。ところで、起訴にあたり、十分な捜査をしないまま、従ってそのままでは公訴維持できる証拠もないのに、もっぱら公判段階における実体形成に応じ訴因の変更等で対処しようとの意図で、適当な訴因でいわゆる見込みによる起訴をした場合などは所論の如く、公訴権濫用等と評価しなければならないことも考えられるが、本件公判経過に徴すると、本件では、会社の仮売りによる利益操作を担当していた者などの取調に際し、押収証拠物にもとづき粉飾利益額を計算させ、その供述や計算書類を証拠として起訴したものであることが窺われ、成程、検察官自らも証拠物を点検し、右計算過程を辿りつつ、かつ会計理論的にも誤りがないかを検討しながら、右粉飾額を確定すべきであるのに、会社担当者の計算結果を漫然信用し、基礎となるべき伝票の不足(紛失)等の事実が把握できず、その不備を克服すべき対策が講じられていなかったため、公判段階で十分な釈明ができず、準備手続期日三一回を経由し、起訴後約六年を経過した第二回公判期日において、ようやく立証の対象が確定したという訴訟遅延を生じたもので、検察官としてこの点に十分の反省を要するとは考えられるけれども、公訴権濫用その他公訴提起の無効を招来すべき手続違反があったとは認められない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山丈一 裁判官 近藤道夫 坂井良和)

〈以下省略〉

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